FRESTA Bimi Smile presents 食卓ON楽


« VOL.134「ところ天」メインVOL.135「静岡県太平洋産かつおたたき」 »

2010年4月23日
「中村 中/友達の詩」

134回目の今日お届けしたのは、「中村 中/友達の詩」でした

「私は、今でこそ社交性を発揮できるようになりましたが、10代の頃は人と話をすることが大の苦手で、なるべくなら人との関わりを持たないで生きていきたいと思っていました。そうなると、必然的に言葉数も減って、いつしか同級生や家族に対しても、上手く言葉が出て来なくなってしまったんです。でも、10代の心って、感情の起伏は嵐のように激しいじゃないですか。もの凄く激しい気持ちだと思うけど、それをちゃんと外に吐き出さないと、自分の感情に、自分が押し潰されてしまう事に繋がっていくと思うんです。当時は、そんな感情を外に出す方法が分からなくて、途方に暮れかかっていた時に出会ったのが、研ナオコさんの音楽でした」
自分を救った音楽との出会いについて、中村 中さん本人はこう振り返ります。

1985年6月、東京都墨田区に生まれた中村 中は、幼い頃から、両親が聞いていた歌謡曲、特にその中でも研ナオコの音楽に親しみを覚え、自分も一緒に口ずさむようになります。

「TVなどで、研ナオコさんが歌う姿を観た時、私には、研ナオコさんの音楽が、口に出して言えない憤りや、悲しみを、歌で吐き出しているように見えたんです。このやり方ならば、自分でもできるのではと、浅はかだけど思うようになって、研ナオコの歌を歌うようになったんです。しばらくすると、感情を外に出す方法が見つからずに途方に暮れていた私も、歌を歌っている時間だけは、心が安らぐようになったんです。音楽の世界を目指したというよりも、私にはこれしかなかったんですね」。

しかし、中村 中は、その後、声変わりの時期を迎え、自分の声に違和感を覚えるようになり、人前で声を出す事に対して抵抗感を感じるようになります。そして、今度はその想いを、独学で弾くようになっていたピアノにぶつけることになります。
 こうして、中村 中は、思春期特有の、日常の葛藤や自身の考えを、歌詞に書き、さらには独特の感性でピアノを弾いて曲を作り、都内のライブハウスを中心にライブ活動を始めるようになります。
やがて、中村 中の噂を聞きつけた、レコード会社のスタッフがライブを観に訪れます。
「当時は、とにかく、歌を歌える場所があれば何処へでも行っていました。そんなある日、お客さんが、たった2、3人しかいなかった私のライブを観に、レコード会社のスタッフがやって来たんです。それをキッカケに、デビューに向けた第一歩が始まったんです」。

2006年6月21日、中村 中は、21歳の自らの誕生日に、1stシングル「汚れた下着」でデビューします。"浮気"をテーマに、ただならぬ妖艶な雰囲気を醸し出しながら歌ったシングル「汚れた下着」は、セールスチャート最高位155位という結果に終わります。
「今では笑い話になっていますが、私は最初、この曲を1stシングルにすることに対して、本気で嫌がっていたんです。
曲のイメージから、色物扱いされる事は分かっていたんですけど、レコード会社の意向もあって、仕方なかったんです。
この曲が1stシングルに決まった時、音楽の世界で戦いながら生きていくのは、楽な事ではないな、そう思いました」。

「メジャーデビューに向けて創作活動を続けていく中で、私には「こんな歌手になりたい」という、具体的な目標はなかったんです。ただひとつ、自分の信念として、嘘を吐いているような音楽はやりたくない。そう思っていました。
また、幼い頃から、歌に親しんできた影響もあったので、誰もがすぐに口ずさめるメロディや、曲を聴いてくれた人の心の中に、ひっかかるような音楽を作る事を大切にして、歌う自分も真っ直ぐな気持ちでいたい。そう思っていたんです」。
中村 中は、自身の音楽観についてこう語ります。

音楽業界に対して、とまどいを抱えながらデビューした中村 中は、2ndシングルとして、2005年6月に、自主制作盤という形で、1度発売された「友達の詩」を発売することを決めます。

「もともとこの曲は、私が中学校を卒業する間際に作った曲です。
当時私は、人との関わりを避けていた時期で、自分が会話する相手はもっぱらノートでした。独り言のように、自分が日々感じていた事を、ノートに書きなぐっていたんです。その書きなぐっていた言葉に、ある日、ふとメロディを付けたくなって、ギターでメロディを作ったのがこの歌です」。

「曲が完成して、実際に歌い始めたんですが、自分の心にあまりにも近過ぎて、凄く怖く感じました。だからでしょうか、
この曲をおっかながって歌っていたんです。この歌を歌う事で、他人に訊かれたくない事も訊かれてしまう。でも、時間が経つにつれて、曲を聴いた人達が、「この歌を聞いて、励まされたよ」と言ってくれるようになってきて、自分でも「この歌は、人を励ます力を持っている曲なんだ」、そう思えるようになってきたんです。それからは、この歌と自分が、どんな風に向き合えばいいのかが、だんだんと分かってきたんです」。

こうして、中村 中が15歳の時に初めて書き下ろした曲「友達の詩」は、2006年9月、満を持して、2ndシングルとして発売されます。

2006年9月に発売された、中村 中の2ndシングル「友達の詩」は、セールスチャート最高位9位を記録し、およそ1年近くもチャートにランクインし続けるロングヒット曲となります。
「この曲は、私にとっては、まるで自分の人生の生き写しのような曲です。腐れ縁というか、私の良い部分も悪い部分も知っている、友達みたいな曲ですね」。
最後に、中村 中さんは、この曲についてこう語ってくれました。

15歳の日々の思いを綴ったその唄は、多くの人を勇気づけ、励ます、J-POPバラードの名曲となりました。

今日OAした曲目
M1.泣かせて/研ナオコ
M2.汚れた下着/中村 中
M3.友達の詩/中村 中