
146回目の今日お届けしたのは、「HALCALI/Tip Taps Tip」でした。
東京都目黒区生まれのYUCALIと、HALCAの二人は、小学生の時、都内のダンススクールで出会い、意気投合します。
2000年、YUCALIとHALCAの二人は、テレビ東京系で放送されていたダンス番組「RAVE2000」の小学生大会に出場して優勝、さらに2002年春に行われたダンスコンテスト「FEMAIL RAPPERオーディション」に出場して優勝します。
「「FEMAIL RAPPER」オーディションで優勝した時、彼女達はまだ中学生だったんですが、RIP SLYMEのRYO-ZとDJ FUMIYAによるプロデュース・チーム「O.T.F」全面プロデュースの下、デビューすることが決まったんです。
当時、二人が憧れていたのは、R&Bシンガーのメアリー・J・ブライジや、女性ラッパーのミッシー・エリオットで、とにかく自分達の歌いたい曲を歌いながら、レッスンでいたそうです」。
担当ディレクターを務める、エピック・レコードの笠井さんは、当時についてこう振り返ります。
2002年7月、二人の名前をかけ合わせて作ったユニット名の「HALCALI」を結成した彼女達は、RIP SLYMEが日本武道館で行った無料ライブにゲストとして参加。ライブの途中、RIP SLYMEのメンバーの呼びかけに応じて、客席からステージに上がって、1万人の観客を前にして、曲を披露します。
「RIP SLYMEのライブ中に、突然ステージ上にあげられた彼女達は、1万人の観客を前にして、緊張することなく、O.T.Fが彼女達のデビュー曲として作った曲を歌ったんです。一瞬、"彼女達は誰"って顔をしていたRIP SLYMEのファン達も、脱力感満載の彼女達の歌声を聞いて、曲が終わる頃には、一緒に踊っていたそうです」。
こうして、デビュー前から注目を浴びていたHALCALIは、2003年1月、1stシングル「タンデム」を発売します。
2003年1月、HALCALIは、O.T.Fプロデュースによる、1stシングル「タンデム」を発売します。
YUCALIとHALCA、二人の現役女子中学生によるユニットHALCALIの曲は、しつこいほど韻を踏む意味不明の歌詞と、シンプルなメロディで構成され、脱力感たっぷりだけど、一度耳に入るとこびりついて離れない感覚で、同世代の女子中高生を中心としたティーンエイジャーから支持を集めていきます。
また、HALCALIの1stシングル「タンデム」のプロモーションビデオは、スペースシャワーTV、MTVなどBS・CSそれぞれのミュージックチャンネル4局のパワープレイ曲にも選ばれ、1stシングル「タンデム」は、セールスチャートで最高位19位を記録することになります。
「HALCALIは、当時、RIP SLYMEのプロデュースワークであったり、奇抜なアートワークだったり、サブカルチャーでの
アートな方向に振り切って活動していました。とにかく、"サブカルチャーに精通する2人組みの女の子"というキーワードは、今でも徹底しているところです」。エピックレコードの笠井さんは、こう語ります。
自由奔放で、絶妙にユルいHALCALIの音楽は、音楽ファン以外にも、彼女達の音楽を偶然耳にした人達の興味も引き付けていきます。
デビュー時は、2人とも中学生だったため、プロモーションビデオでの露出が中心だった活動も、少しずつ本格化し、4月に発売した2ndシングル「エレクトリック先生」は、セールスチャート最高位16位を記録。
さらに、6月には、彼女達の噂を聞きつけた、イギリスの国営放送BBCのライブ&トーク番組に、日本の10代の女の子に人気のヒップホップユニットとして、紹介されます。
そんな中、2003年7月、HALCALIは、3枚目のシングル「ギリギリ・サーフライダー」を発売します。
2003年7月に発売された、HARCALIの3rdシングル「ギリギリ・サーフライダー」は、セールスチャート最高位10位を記録します。
勢いに乗ったHARCALIは、二人が夏休みに入ると同時に、全国6ヵ所で初めてのライブツアーを実施。
さらに9月には、O.T.Fがトータルプロデュースを手掛け、スチャダラパーなど多彩なゲストが参加した1stアルバム
『ハルカリベーコン』を発売、最高位5位を記録し、日本の女性ラッパーとしては初めて、セールスチャートTOP10にランクインします。
その後も、HALCALIは、女子中高生の間で人気を集めていたストリートファッションブランド「ラバーズハウス」とコラボレーションしたつなぎや、Tシャツなどを販売して、音楽以外の分野にもチャレンジし、注目を集めていきます。
こうして、"脱力系ラップ"と呼ばれる音楽ジャンルを確立したHALCALIに、2005年、ひとつの転機が訪れます。
「2005年に入ってすぐ、所属事務所の方針で、HALCALIの二人を、"SONY MUSICのアニメマーケティング戦略に絡ませてアピールしたい"という話になって、レコード会社をエピックレコード移籍したんです。そのときの担当が僕です。
僕も、それまでは、一般の音楽ファンがHALCALIの音楽に対して抱いていた、"脱力系ラップ"と表現されるようなものと同じイメージを持っていました。でも、彼女達に実際会ってみると、違っていました。
彼女達は、二人で歌うと、ラップよりも、独特なハーモニーを奏でられることに僕は気が付いたんです。そこで、それまで
ラップ9割、歌1割だった歌の構成を、ラップ2割、歌8割に変えてみたんです。すると、それまでの"脱力系"という彼女達のイメージは変わって、"POPアーティスト"としての風格さえ感じることができたんです。"これだ"と思った僕は、この風格を上手く活かせば、HALCALIは、"ヒップホップだけでなく、POPな曲も歌えるアーティストへステップアップできる"、僕はそう確信したんです」。
笠井さんは、HALCALIの転機について、こう語ります。
こうして、HALCALIは、レコード会社移籍を機会に、それまでの彼女達の音楽スタイルを変えて、歌物にチャレンジすることになります。
「アニメマーケティングに絡ませる展開の皮切りとして、まずはTBS系アニメ『交響詩篇エウレカセブン』のエンディング・テーマを、秋から歌うことになったんです。それまでの彼女達のイメージを大切にしつつも、どうやったら、歌ってラップするオシャレな2人組みの女の子を作りあげることができるか、色々と考えて曲を作りました。それまで彼女達は、アルバムでは歌をメインとした曲もやっていましたが、シングルとしては発売したことがなかったので、二人ともハモリのパートでは、なかなか上手く歌えずに、何度もやり直しして、苦労しました」。
2005年12月、HALCALIが新しいスタイルにチャレンジして作った、シングル「Tip Taps Tip」は発売されます。
2005年12月に発売された、HALCALI7枚目のシングル「Tip Taps Tip」は、セールチャート最高位27位を記録します。
「それまでのHALCALIのスタイルを変えて作ったこの曲は、セールス的には今ひとつでしたが、その後の彼女達の音楽人生にとって、ひとつのターニングポイントになったと思います。歌の歌詞にもあるように、まるで足踏みをするかのように、彼女達二人の未来を照らした楽曲に仕上がっています。彼女達にとって、新たなチャレンジにもなった、意味の深い曲だと思っています」
最後に、担当ディレクターを務めた笠井さんは、こう言いました。
新たな世界にチャレンジすることで生まれた、J-POPの名曲の誕生の瞬間でした。
今日OAした曲目
M1.ラブ・イズ・オール・ウィ・二―ド/メアリー・J・ブライジ
M2.タンデム/HALCALI
M3.ギリギリ・サーフライダー/HALCALI
M4.Tip Taps Tip/HALCALI