
225回目の今日お届けしたのは、「松任谷由実/サーフ天国、スキー天国」でした。
「ユーミンが、アルバム『SURF&SNOW』を作った原点は、1974年にリリースした、2ndアルバム『MISSLIM』に収録されていた曲「海を見ていた午後」にあると、僕は思っています。ユーミンが、海を眺めながらソーダ水を飲み、目の前の海を貨物船が通る情景を描いたこの曲は、その後の彼女が、海や山、季節の移ろい、そして季節にちなんだ行事などをテーマに曲を書く、出発点となった曲ではないでしょうか」。松任谷由実の制作ディレクターを務めた、下河辺さんは、こう語ります。
1972年7月、シングル「返事はいらない」でデビューした、シンガーソングライター荒井由実は、2ndアルバム『MISSLIM』に収録した曲「海を見ていた午後」で、目に映る物、風景を、歌詞に登場する主人公とシンクロさせて描く、ユーミンならではの手法を確立させます。
1976年秋、ユーミンは、音楽面で彼女をサポートしていた、松任谷正隆さんと結婚。家庭と歌手活動の両立の難しさから、一時は、シンガーとしては引退し、作家として活動することを考えます。しかし、時が経つにつれ、スタッフの説得、そして何により、彼女自身が、自らが曲を書いて、自らが歌うことへの強い思いを捨てきれず、1978年3月、ユーミンは、シンガーソングライターとして音楽シーンに復帰し、1年半ぶりとなるアルバム『紅雀』をリリース。8月には、神奈川県・葉山町の葉山マリーナで、後に「SURF&SNOW in逗子マリーナ」として生まれ変わっていく、初めてのリゾート・コンサート「葉山マリーナ サマーリゾートコンサートVol.1」を開催します。
1978年8月、ユーミンは、日本のヨットの発祥地として、当時、流行に敏感な若者の間では、マリンリゾートのメッカとして賑わっていた神奈川県・葉山町の「葉山マリーナ」で、初めてのリゾート・コンサートを開催。ユーミンが、マリーナ内のプールに作られたステージで繰り広げたコンサートでは、水を使った演出や、アウトドアならではの開放感で、話題となります。
さらに、その年の11月にリリースした、アルバム『流線形'80』には、「ロッヂで待つクリスマス」、「真冬のサーファー」と、スキーやサーフィンを題材にした曲を収録し、若者の間には、"リゾート=ユーミン"といったイメージが、少しずつ植えつけられていきます。
「当時は、ユーミン自身、サーフィンや、スキーの経験は無かったはずです。ただ、彼女は、当時の大学生が夢中になって読んでいた、『POPEYE』や『JJ』と言ったファッション雑誌を、若者達と同じように読んで、流行の流れをつかみ、夏=海、海=サーフィン。もしくは、冬=雪、雪=スキーと言うイメージを膨らませて、彼女の強みでもあった情景描写溢れる、高いソングライティング能力で、リゾートにあこがれる若者たちの心をつかむ曲を作っていったんです」。下河辺さんは、当時を、こう振り返ります。
ユーミンは、彼女の曲の中でも、リゾートをテーマにした曲の人気が、高い事をメディアや、コンサートでも察知。1980年夏、その年の冬にリリースを予定していた次のアルバムを、リゾートをテーマに作る事を決め、その中の一曲として、2年前の1978年に、彼女が、歌手・川崎龍介に提供した曲を、歌詞、アレンジ、そしてタイトルを変えて収録する事を決めます。
「1976年、僕が、加山雄三さんの事務所「加山プロモーション」からデビューが決まって、所属レコード会社「ワーナー・ミュージック」のディレクターと打合せを進めていた時、当時、彼の音楽仲間だった、ユーミンを紹介されたんです。それで、ユーミンが、僕のために3曲ほど作ってくれる事が決まったんです」。
現在「RKK熊本放送」でラジオパーソナリティを務める、川崎龍介さんは、ユーミンから曲を提供された当時を、こう振り返ります。
「先にメロディができたんですが、歌詞を書く段階で、符割が上手くいかず、もう一度、メロディを直して、さらに、アレンジも、3回直して、制作開始から、半年以上が経って、ようやく曲が完成したんです」。
こうして、ユーミンが作詞・作曲した、川崎龍介の1stシングル「Summer Breeze」は、1978年6月にリリースされるのでした。
1978年6月にリリースされた、川崎龍介の1stシングル「Summer Breeze」。
「実は、1stシングルをリリースした直後に、担当ディレクターがレコード会社を退職してしまい、ユーミンが作ってくれた残りの2曲を、僕が歌うチャンスは無くなってしまいました。お蔵入りになった曲は、その後、ユーミン自身や、別のアーティストの曲になりました。この曲をリリースした2年後の1980年に、ユーミンがこの曲を、タイトルや歌詞を変えてリリースした事を知った時は、驚きました。余談ですが、事務所に印税収入の一部が入って、スタッフが喜んだ話を聞いています」。
川崎龍介さんは、当時をこう振り返ります。
さて、1980年の夏。ユーミンは、川崎龍介さんに提供した曲のリメイク曲を含んだ、リゾートをテーマにしたアルバムを作り始めます。
「彼女はアルバムを作る時、いつも最初は、3~4曲作ってスタジオに入ります。その後、アルバムテーマに沿って、スタジオの中で残りの曲を、メロディから作り始め、最後に歌詞を書いていくパターンが多いんです。この時も、同じでした。この曲については、既にメロディの原形があったので、一部を直した後、いかに歌詞をアルバムのテーマに沿って、書き直していく事がポイントでした。まず、曲のサビ部分"サーフ天国、スキー天国"という言葉を書いた後、次にユーミンがTVや雑誌で研究したスキーやサーフィンの情景を、言葉に置き換えていったんです」。当時、ユーミンを担当していた制作ディレクター下河辺さんは、こう振り返ります。
こうして、時代の一歩先を捉えた、ユーミンのアルバム『SURF&SNOW』は、1980年12月にリリースされるのでした。
1980年12月にリリースされた、松任谷由実のアルバム『SURF&SNOW』に収録された「サーフ天国、スキー天国」は、冬の定番曲として毎年、TVやラジオから流れ、1987年には映画『私をスキーに連れてって』の挿入歌としても起用されます。
「ユーミンは、アルバム『SURF&SNOW』をリリースした翌年の1981年3月に、リゾート・コンサートのウィンターバージョン「SURF&SNOW in 苗場」を初めて開催します。"スキーの後に楽しめるコンサートを"というコンセプトで始まったこのコンサートは、その後、苗場の冬には欠かせない、イベントへと成長し、ユーミンには、"冬の女王"と言う名のニックネームも付けられました。時代を先取りする感性に優れたユーミンの音楽は、このアルバムをキッカケに、若者たちのデートには欠かせない音楽になったと言っても過言ではないでしょう」。
最後に、下河辺さんは、こう振り返ってくれました。
若者の流行を敏感にキャッチし、歌で表現した、J-POPの冬の定番ソングが生まれた瞬間でした。
今日OAした曲目
M1.海を見ていた午後/荒井由実
M2.ロッヂで待つクリスマス/松任谷由実
M3.Summer Breeze/川崎龍介
M4.サーフ天国、スキー天国/松任谷由実